協会サポーターのご紹介

2024.08.24

企業がレジリエンスを育むには、
社員一人ひとりに
アプローチすることが大切

藤田裕之 氏

レジリエント・シティ京都市統括監(Chief Resilience Officer)

経歴 京都大学教育学部卒業後,京都市教育委員会に勤務し,生涯学習部長等を経て,平成22年4月から3年間,右京区長。 平成25年4月京都市副市長に就任。(平成29年3月任期満了退任) 平成29年4月からレジリエント・シティ京都市統括監(Chief Resilience Officer)。 令和6年4月から学校法人滋慶コミュニケーションアート 京都医健専門学校学校長に就任。

「レジリエンスは物体が元の形に戻り超えていくという概念から、様々な分野に派生しています」

(酒井)まずは、レジリエンスの基本的な定義や概念について、詳しく教えてください。

(藤田)レジリエンスはラテン語から派生した英語で「回復力」「復元力」「強靭さ」などと訳されています。

もともとは物体が元の形に戻るという物理学で使われていた言葉ですが、生態学や心理学などでも使われるようになりました。心理学では気分が落ち込んだときの、立ち直る力や精神的な回復力としての概念として、ビジネスの世界においては、組織や企業が非常に厳しい状況に陥ったときに、そこから回復する、より一致団結して乗り越え適応していくといった場合にレジリエンスは使われています。分かりやすい例ですと「雨降って地固まる」に意味合いが近いですね。Build Back Better(ビルド・バック・ベター)という言葉も、以前よりもさらに強く立ち直ることを意味し、レジリエンスという概念に非常に近いと考えています。

防災の分野でも用いられています。例えば、2012年にハリケーンサンディがアメリカのニューヨークを襲ったときは、事前に地下鉄を運休させ、列車を安全な場所に移動させていました。これは、地下鉄の構内が浸水することを想定し、防備することによって被害を抑えていたのです。災害そのものを減少させるのではなく、起こりうる災害に対して事前に対策することで早期の復旧に繋げるという考え方にも、レジリエンスという言葉は使われています。
 
このように、物体が元の形に戻るという非常に単純な概念だったのが、ダメージを受けても元通りになるだけではなく、元の状態以上に回復する、あるいは元と違う形で立ち直っていくというような概念も含めて、現在では自然や人の心、社会のあり方など幅広く使われています。

「レジリエンスを持つ存在になるには、一人ひとりの意識が重要です」

(酒井)人の心や組織など、様々なものにレジリエンスという考え方が応用できる点がとても印象的でした。どのように私たちの日常生活に役に立つのかというお考えをお聞かせください。

(藤田)レジリエンスのある人間を表現する際、よく「打たれ強い」「柔軟性がある」「コミュニケーション能力が高い」といった言葉で説明されます。しかし、昨今の物質的に豊かで便利な社会において、例えば、私たちがどうやって周囲の人々と関わり、地域の在り方を考え、企業の方向性を見直していけば、組織やコミュニティにとってレジリエンスのある状況を作り出せるのか、これは本当に難しい課題です。

現代の生活は、バーチャルリアリティのような仮想空間と結びついており、見方によってはレジリエンスとは異なる方向へ進んでいるように感じます。しかし、レジリエンスのある社会というのは、誰かが一方的に提供してくれるものではありません。私たち一人ひとりが、それを目指して努力し、周囲の協力者を集めることで、初めて実現可能なものです。そして、その過程で私たち自身がレジリエンスにふさわしい人間に成長していくのです。

これは、教育の根幹にも関わります。知識を受け取るだけでなく、自らがレジリエンスのある社会に貢献することで、成長し、レジリエンスを持つ存在になっていく。このような仕組みが、今求められていると感じます。

「社会の変化においても、常に謙虚に構えておく必要があります」

(酒井)社会全体の問題としてレジリエンスを捉えていくべきだという中で、個人でどのように身につけていけばいいでしょうか。

(藤田)昔は学校で学んだ知識をもとに、それなりに世渡りができる時代でした。しかし、現代は「人生100年時代」とも言われ、学校を卒業した後にも、長い人生が待っています。
技術革新が日進月歩の勢いで進化していく中で、学びの場が学校教育に限られる時代は終わっている。知識を得る場として学校教育が果たす比重は、人生全体から見ると最小限になっているかもしれません。

それでもなお、学ぶことの大切さや、集団で協力する喜びを感じる経験は、学校教育でこそ得られるものです。そして、そのときに得た学び続ける喜びを持ち続けるためには、生涯学習はとても大事だと言えます。企業の中で仕事を学びながら、人との接し方やパワハラのような喫緊の課題について理解を深めることも、自己成長において非常に重要です。

(酒井)学び続ける喜びを持ち続けることが、自己成長するためにはとても重要なんですね。今は社会的変化も速い時代ですが、どのような心構えを持つべきか、ご意見をお聞かせください。

(藤田)社会全体が大きく変わっていく中で、物の豊かさや便利さがあまりにも重視され過ぎていると感じています。金銭主義的な価値観や拝金主義とも言える、利益を追い求め過ぎるような社会は長続きしないと思います。
そのことに、そろそろ誰かが気づいて、どのように改めていくのか、今問われているんだと思いますね。

そもそもレジリエンスの根底には、自然と私たちの関係があると考えています。災害においても言えることですが、自然は私たちが制御できるものではなく、予測できないことが起こり得ることを常に備えておく必要があるのです。しかし、技術の進化によって、私たちがあたかも自然を支配できるかのような錯覚に陥りがちです。そのため、予期せぬ災害が発生した際には、大きなショックを受けてしまうことがあります。

つまり、思い通りにいかないことや、落ち込むことは、常に起こるもので、そのために新たな事態に対処できるよう、慎ましやかに学び続けることが、レジリエンスと生涯学習に共通することだと思います。柔軟に、他者とも協力し、様々な方策を融合して、省察的、創造的に対応できる力がレジリエンスの重要な要素ですし、そうした態度を学んでいくのが生涯学習だと言えるのではないでしょうか。

「組織と個人がコミュニケーションを取り、お互いに理解し合うことが求められます」

(酒井)組織に当てはめたときに、個人に対してどのような働きかけが必要だとお考えでしょうか。

(藤田)レジリエンスには、困難に直面したとき、周囲に対して助けを求める勇気という要素も含まれると言われています。例えば、このままでは心が病んでしまいそうな状況で、何も言えずに一人で抱え込むのは非常に悲しい状況です。しかし、周囲に苦しいことを打ち明けたり、助けを求めたりできることこそが、レジリエンスの一つの形であるとも考えられます。

この考え方は、行政や組織、学校のあり方にも当てはまります。行政が企業や大学、地域社会に対して「私たちには足りない部分があるので、協力をお願いしたい」「ともにより良い環境にしていきたい」と呼びかけることができれば、それは大きなレジリエンスの要素となるでしょう。

また、災害対策においても同じことが言えます。自助・共助・公助という考え方がありますが、大規模な災害時には、自助・共助が9割になると言われており、公的支援がすぐには行き届かないことが多くあります。

そのため、食料や物資についても不足していると訴えるのではなく、私たち自身が数日間は耐えられるように準備しておくことが大切です。そして、公的支援がどのように機能するかを、行政も事前にしっかり住民に伝え、理解を求める。住民もそれを理解し行動することで、自助・共助の役割が強化されていくような関係は、レジリエンスの考え方にも繋がってくると考えます。

(酒井)レジリエンスを持つためには、コミュニケーションも関わってくるのですね。具体的には相手に対してどのように接していくべきか教えてください。

(藤田)コミュニケーションにおいて、相手がどう思っているのか、どう受け止めているのか、どう伝わったのか、ということが客観的に理解できているかがとても重要です。
情報の発信主義と到達主義という言葉があります。発信主義は、相手に言ったというだけで終わりなんですね。大切なのは、到達主義のように、相手に伝わったところまで確認することです。

相手の状況を理解して、伝わったことを確認しながら寄り添っていく、その余裕が伝える側にもないといけません。相手側がこちらの趣旨を理解できているのか、質問を受ける時間が確保できているか、企業や組織の仕組みについても、点検していくことが必要です。

「企業がレジリエンスを育むには、社員一人ひとりにアプローチすることが大切。雇用クリーンプランナーの活躍に期待したい」

(酒井)私たちはパワハラ未然予防のための資格として雇用クリーンプランナーという民間資格を創設しました。企業がパワハラを防止し、レジリエンスを育むためのアプローチにはどのようなものがあるでしょうか。

(藤田)そうですね。何かを乗り越えるときに、「自分だけで全てを解決する」という考え方は、一見すると勇ましく映るかもしれません。しかし、レジリエンスというのは、むしろ協力や協調を通じて、弱者を支えながらともに苦難を乗り越えていくという理念に基づいていると考えています。

パワハラというのは、例えば、自分だけが仕事を仕切っているという先入観や錯覚のもとに、優位な立場や権力を利用して、同僚や部下をある種の支配下に置く行為であり、その点でレジリエンスとは対局にあると言えます。弱い立場にある人がとても重要な役割を果たしていたり、支え合いの原点になっていたりすることを認識することが、実はレジリエンスの本質に繋がるのです。

私自身が雇用クリーンプランナーの学習、資格取得を通して感じたこととして、企業は社員一人ひとりに対して目を配り、包括的なアプローチで取り組むことが必要で、それこそが、レジリエンスのある社会の原点だと言えるでしょう。
また、ハラスメントの対象は会社や社会の中の構成員に限らず、相手が子供であっても同じことが言えます。相手の意思や感情、要望を無視して、自分の都合だけで押さえ込んでしまうことがハラスメントに繋がるということを、常に肝に銘じなくてはなりません。そのためにも、まずは正しい知識を身につけ、意識改革することが私たち一人一人に求められていると思います。

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