2026.01.05
「愛のムチ」はもう通用しない──スポハラ時代のスポーツ指導と「究極のやさしさ」をどうつくるか|一般社団法人クレア人財育英協会
【出典】「愛のムチはただの無知」今スポーツ指導に求められるもの “スポハラ”ではなく「究極のやさしさ」大阪体育大・土屋裕睦教授が解説(AERA DIGITAL)
スポーツ現場のハラスメント相談は過去最多、「愛のムチ」で済まない時代
日本スポーツ協会(JSPO)に寄せられるスポーツ現場のハラスメント相談件数は、コロナ禍を除いて右肩上がりが続き、2024年度は過去最多を記録しました。暴力・暴言・人格否定など、いわゆる「スポハラ」が依然として根強く存在している現実があります。
背景には、「スポーツをしている子どもは明るく元気」「厳しい指導を乗り越えて強くなる」といった、指導者側・大人側の思い込みがあります。土屋裕睦・大阪体育大学教授は、昨年だけでも500人以上の小中高生が自殺している事実を挙げ、その中には「やる気がないなら帰れ」といったスポーツ指導者の叱責がきっかけになったケースもあると指摘します。「他の子も耐えているから自分も耐えなければ」という集団圧力と、「スポーツ=元気」というステレオタイプが、子どものSOSを見落とす一因になっているという警鐘です。
「厳しく叱ることは必要か?」土屋教授の答えは「あり得ない」
「スポーツ指導ではときに厳しく叱ることが必要だ」と考える指導者は少なくありません。これに対し、土屋教授の答えは明確です。「あり得ない」。理由は、厳しい叱責が子ども・選手の主体性を奪ってしまうからです。
必要なのは厳しさそのものではなく、「自分からうまくなりたい」「もっと強くなりたい」と主体的に挑む厳しい練習だといいます。本人がやりたくもないことを、怒鳴り散らして無理やりやらせる発想は危険であり、主体性を削り、心を折るリスクが高い。たとえば練習中にやる気の見えない子がいたとき、「何やってんだ」と怒鳴る前に、「なぜやる気が出ないのか」を問いかけることが必要だと土屋教授は説きます。
やる気がないように見える背景には、体調不良、人間関係の悩み、失敗への恐怖、家族の事情など、さまざまな理由が潜んでいるかもしれません。まずはその声を聞き、「君は本当はどうしたいのか」「どうなりたいのか」を一緒に確認したうえで、「君のやりたいことはこうだよね」と諭し、本人の主体性に火をつける。叱るのではなく、信じて問いかけることが指導者の役割だという視点です。
「愛のムチは、ただの無知」──体罰は指導者にとって“お手軽”な方法
「厳しい指導も『愛のムチ』だ」「あの厳しさがあったから成長できた」という反論に対し、土屋教授は「愛のムチは、ただの無知」と言い切ります。体罰や暴言で子どもの行動を変えようとすることは、指導者にとって「お手軽なやり方」に過ぎない、と非常に強い表現で批判しています。
例えば、野球部でなかなか打てない選手がいたとします。そのとき指導者がやるべきことは「怒鳴って気合を入れ直させる」ことではなく、「どうしたら打てるようになるか」「この子の心に火がつくのはどんな場面か」「そのためにはどんな練習メニューがいいのか」を徹底的に考え抜くことだといいます。
「厳しく接したから、あの子もこの子も成長した」というのは、本当に指導者の手柄なのか。むしろ子どもたちが、厳しい指導者に困りながらも、自分でどう乗り切るかを考えた結果として成長したのではないか。そう問い直すことで、体罰や暴言に頼ったスポーツ指導の「低俗さ」が浮かび上がります。
「なぜうまくなれないのか」「どうしたら自分から目を輝かせて練習してくれるか」を考え続けることは、指導者にとってしんどい作業です。しかし、そのしんどさこそが、「スポーツ指導における究極のやさしさなのではないか」と土屋教授は語ります。
雇用クリーンプランナー(KCP)の視点──スポハラ防止は「叱り方」より「指導設計」を変えるところから
スポーツ現場のハラスメントは、単なる個人の気質ではなく、「厳しさ=愛情」「我慢=成長」といった文化や構造に支えられています。雇用クリーンプランナー(KCP)の視点からは、スポーツ指導の現場で次のような転換が必要だと感じます。
第一に、「愛のムチ」という言葉自体を手放すことです。叱責や体罰を正当化するラベルとして長年使われてきたこの言葉を、「ただの無知」と言い換える勇気が、スポハラ防止の入口になるでしょう。指導者研修や保護者説明会の場で、「厳しさ=怒鳴ることではない」「やさしさ=何でも許すことでもない」という価値観を繰り返し伝える必要があります。
第二に、「叱り方のテクニック」だけでなく、「指導の設計」を変えることです。怒鳴らない指導マニュアルをつくるだけでは不十分で、「選手の主体性をどう引き出すか」「そのためにどんな練習・フィードバック・対話を組み込むか」をチーム単位で設計することが求められます。1on1での対話や、選手自身が目標を言語化する機会を増やすなどの仕組みが鍵になります。
第三に、選手・保護者・スタッフが「これはおかしい」と言える相談ルートを整えることです。不登校や自殺のニュースが示すように、「他の子も耐えているから自分も耐えなきゃ」という空気が一番危険です。クラブ内外に相談窓口を持ち、「言ったら出場機会が減る」などの不利益がないようにするガバナンスが、スポハラを減らす現実的な一歩になるはずです。
結語:「厳しさ」と「やさしさ」を入れ替える時期に来ている
スポーツの世界では、「厳しく叱る指導者」「愛のムチで強くする」という物語が長く称賛されてきました。しかし、ハラスメント相談件数の増加や、子どもの命が失われる悲しい事例を前に、「本当にそれでいいのか」を問い直す段階に来ています。
これから求められるのは、「怒鳴る厳しさ」ではなく、「考え続ける厳しさ」と「信じて待つやさしさ」です。雇用クリーンプランナー(KCP)は、学校部活動・クラブチーム・実業団など、あらゆるスポーツ現場が、スポハラのない「究極のやさしさ」を実装できるよう、指導者教育と組織づくりの両面から伴走していきます。
